鳥居徹也ブログ (講演記録)

全国講演をビデオで報告します!

カテゴリ: その他

今日はちょっとお知らせです。

私は全国の高校で講演をしていますが、最近進学ガイダンス業者のキッズ・コーポレーション
という会社とコラボする機会が増えてきました。

きっかけは今から10年前、福岡で講演したときに、
福岡支社の蒲谷(ぶたに)社長が私の講演を聞きに来てくれて
いつか一緒に仕事できればいいですね、と話して別れました。
その後主に鹿児島でコラボする機会が増え、だんだん全国へ広がってきました。

 ↓ 私と蒲谷社長(右)
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キッズさんのサイトは以下になります。

 → こちらをクリック

高校生向けの様々な進学情報誌の発行、高校内外での各種講演会を企画・運営しており、
「進学ナビ」には、大学・短期大学・専門学校など、
全国2,000校以上の受験に役立つ情報が満載です。
進路に迷っている方は一度進学ナビをのぞいてみてください。

いきなりですが私の本業は幼稚園・保育園の経営です。
今日はその話を。

私たちの園は食育に力を入れています。
食育専用のお部屋があるくらいです。
経営者的には
こうした部屋も使えば園児をたくさん集められます。
しかしそうしない。
ここはあくまで食育のお部屋。
子ども用のIHシステムまであります。

今日はこの部屋を使って
先生たち対象のお料理教室を開講しました!

$鳥居徹也ブログ

仕事が終わったあと
みんなでお料理、お食事。
いいもんです。
私も一食、いただきました。


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豚肉のてんぷら
なすの揚げびたし
アボガドのサラダ
ごはん
ガーリックスープ(まいう!)
紅茶ゼリー

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(冷えてます!)

講演をしていないときはだいたいこんな感じです。
この園の食事は本当にうまいのです。
スタッフの皆様、ありがとうございました!


帝国ホテルで小泉元首相の講演会があった。


楽しかった。


ホテル前の通りには警官が。


機動隊の待機車両も。




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ビジプラといってもよくわからない。


主催者には関心がない。


一度直接小泉さんのプレゼンを体験してみたかった。






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撮影はもちろんNGなのでこれで。




すばらしい話し手だった。


感動した!(と悪のり)




私は小泉さんの国会答弁のビデオを録画し


その音声部分をipodに入れて繰り返し繰り返し聞いていたので


小泉さんの話術はよくわかっているつもりだった。




とにかく「声」が変幻自在。


強弱、長短、高低、早い遅い…




講演慣れしていない人の特徴は「声」が一本調子になる。


単調。


変化なし。


だから飽きられる。




そのうちに「間」をとることを覚えだす。


すると講演にメリハリが出だす。


しかしただ「間」を入れるだけだと


いずれまたその「間」自体も含めて単調になる。


「ここら辺で『間』が入るな…」と予測ができてしまう。


だからこれでもだめ。




しかし小泉さんの講演は「声」が変幻自在なので




 うねりだす…




声の強弱、長短、高低、早い遅いの要素の複数の組み合わせ、その複雑さが


うねりになるのだ。


そこに身振り手振りがアクセントをつける。


ビジュアルもいい。


だから飽きさせないし、あとはあの迫力、意志の強さ。




たった5年間だったが


国のトップにあのようなリーダーを持つことができたこと。


同時代にその存在を経験できたことは幸運だった。


リーダーシップとは何か、教えていただいた。


感謝である。




話の内容としては一貫して




 「自助努力」




を説いていた。


明治維新も、戦後も、オイルショックも


つねに日本はピンチをチャンスに変えてきた。


がんばれ!といった内容。(ものすごく簡単にまとめたら)




私にとっての関心は


話の内容よりもその話し方にあったので


小泉さんの「声のうねり」を追いかけ続けた。




最初は小声でかすれ気味。


ちょっと元気がないかな、と感じさせるスロースタート。


しかしキーワードや数字、


ここぞというときの迫力は全盛期そのものだった。


特に福沢諭吉、ケネディ、オバマの言葉を立て続けに紹介し




 「一人ひとりが向上心を持ち努力し続ける、ということは昔も今も変わらない!」 




と絶叫(!)したときに興奮は頂点に達した。




ケネディ大統領の就任演説(つまり最初のスピーチ)、あの有名な


「国に求めるのではなく、あなたたちが国に何ができるか」


について話した際、




 「実は私も就任演説で同じことを言おうと思って止められた」




とのこと。


笑った。 




特に外交関係の話は興味深かった。


対中国。




戦後の日本の根本戦略は日米安保。


この60年間、戦争をしていないのは日本だけ。


自衛隊は一発の銃弾も打っていないし、一人も殺していない。


これはアメリカとの良好な関係のおかげだと。


ずいぶんマスコミに叩かれたが


日本はアメリカとの同盟を強くする以外にないのだと。


そしてその方が実は、中国ともうまくやれるのだと。




靖国参拝。


2004年のAPECでのこと。


必ず会議の合間に


米、ロ、中の3国とは首脳会談をすることにしていた。


この3国との予定をまず決めないと後の国が決まらない。


米、ロは決まった。


しかし中国の胡錦濤さんんから返事がない。


催促した。


すると、





 「会談してもいいが靖国参拝をしないなら…」 





という条件がついた。


即座に、





 必ず参拝します。それなら結構です」





とメッセージを送り返した。





すると先方はすぐに





 「会談します。でも記者には参拝するとは言わないで…」 





相分かった、ということでそれ以後「適切に判断する」と言い続けたとのこと。





まさにこれぞ外交であろう。


中国にはまったく自己主張できない現政権への強烈な皮肉である。





マスコミにはアメリカ偏重外交と叩かれたが


これが実は中国との関係もよくなるし、


何よりもアジア諸国の安定のためになる。


実際、今ベトナムと中国が戦争になりかねない。


中国は海底に眠る資源の確保に来ている。


(本当のターゲットは日本なのだ)


まあそれはともかく…





最後に。


小泉さんのしゃべりは独特の「間」のとり方にある。


接続詞の後に「間」をとる。





 「…○○ということが最近いわれていますしかし、_(ここで間をとる)__ 」


 「…と彼は言うんですねだから、_(ここで間をとる)__ 」 





普通だったら





 「…○○ということが最近いわれています。(間)しかし、(間)」





というように、まず一文を「。」で終わらせて「しかし」となる。


しかし小泉さんは一気に「しかし」までを話す。


そしてその「しかし」以後に期待を持たせるかのように


やや長めの「間」を作るのだ。





世界一のプレゼンをするというアップルCEOのスティーブ・ジョブス。


そのほめ言葉の1つに次のようなものがある。


 


 「画面に言葉が先行する」





キーノートの画面を見せる前に


必ず「前振りのことば」を走らせる。


その前振りが、聴衆の興味関心をひきつける。


飽きさせない。





小泉さんの、接続詞まで一気にしゃべりそこで間をおく方法とは


同じような効果が期待できるのだ。


だから飽きさせない。


ひきつける。





本当にしゃべりの緩急は激しかった。


早口で(やや小声で)まくしたてたかと思うと


すぐその後キーワードや数字を大声でゆっくり、明確に述べる。


うねる。


ああ、楽しかった。











追伸:


小泉さんは演説が下手、という記事があったが


それは大きな間違い。


おそらくこの記者さんは「講演を聞き慣れて」いるのかもしれないが


「講演をやり慣れて」はいないのだろう。


演説とは「立て板に水」ではいけない。


それこそ、流れて終わる。


リズムは微妙に(意識して)狂わせないといけない。


ゆらぎ、か。


一見、立て板に水には見えないので


それをもって「下手」としたのかもしれないが


だからこそ聞いてしまう演説。


それが小泉さんなのだ。




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地元千葉県の市川南高校にて講演しました。


2年生と3年生と分けて2回転。


50分ずつ、とちょっとあわただしい講演でした。




50分だと悲観性と楽観性の話ができないので


なんとなく申し訳ない気分。


実際、セリグマンのポジティブ心理学を話す前と後では


生徒さんの反応がぜんぜん変わったからです。




またどちらかというと悲観性が強かった私にとっても


セリグマンの話をするときは燃えてきます。


俄然、乗ってきます。




セリグマン自身悲観的な性格で


「50年間つねに不機嫌で過ごしてきた」と書いていますが


私自身も本当に悲観的なつぶやきが多く


セリグマンの本を読んでつぶやきの習慣を変えてから


人生が違って見えてきました。






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ただ悲観性と楽観性の問題はもっと複雑で


楽観的であればいいかというとそうでもありません。


適度な悲観性は「環境適応能力」を高めてくれます。


怠惰を避けるには悲観性は必要でしょう。




つまり論理的思考力として悲観性を活用することです。


つねに最悪の事態を想定し備える。


ノー天気ではうまくいかないのです。




いったん悲観性をくぐり意志の力で楽観性を獲得すること。


これがいいのではないか、と今の私には思えます。




明らかに進学校の生徒は悲観性が強いと思います。


アンケートを見れば明らかです。


(もっとも自己分析できるからともいえますが)




最近進学校でしゃべる機会が増えてきて


そんなことがわかりました。


もうすぐ宮崎キャラバンも始まります。


体調管理には気をつけていきたいと思っています。






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追記:




クイズを出して考えてもらい座間巡視(そんな言葉あるか??)をしていたとき


今回も一人「中学校のときも受けました!」という生徒さんがいた。


なんとなくうれしいものです。


でもキャサリンのクイズ間違ってたな。


「歯」です、歯!




「頭脳の果て」(ウィン・ウェンガー著)という本に書いてあったのだが


アインシュタイン、エジソン、ダ・ヴィンチといった天才は


本の余白などにびっしりメモ書きをしていたという。


そうか!




私が高校生のときに福井謙一さんがノーベル化学賞を受賞した。


その福井さんのアイデアは枕元に置いたノートから生まれたという。




「メモしないでも覚えているような思いつきは

大したものではない。メモしないと忘れてし

まうようなアイデアこそが貴重なのだ」





福井さんはスタンドライトを点ける時間も惜しんで


暗闇の中でメモを走らせたという。


そうか!





ということで私は「天才」にあやかって(?)


枕元にはノートを置くし


読む本はメモでぐちゃぐちゃだ。





確かにそうしてアウトプットを心がけるようになってから


学習の速度が加速した気がする。


本も書くようになった。





ひらめきとは無意識が意識に上った瞬間をいう。


私たちの心の97%が潜在意識に眠っているという


問題は「引き出せない」ことにある。





だったら引き出すにはどうするか?


それが手を使うことだというのだ。


アイデアはつねに「イメージ」が先行する。


そのイメージを走り書きのメモで捕らえる。


ブックオフとは永遠におさらばしなければならないが


私は本をノート代わりにすることを一生止めないだろう。




なんでしょうかこれ?


誰が作ったのか?




鳥居徹也検定




やってみたらもちろん私は全問正解。


成績は全国1位でした。


受験者はひとりでしたので。




せっかく宮城県まで講演に来たので1泊し


かつて講演した中学校にお見舞いに伺いました。


山元町立山下中学校です。


写真はありません。




ところで今回宿泊を取るにあたり


仙台のホテルは軒並み「満室」。


ようやく見つかった一部屋も通常の倍の料金でした。


ボランティアとか、仕事関係の人なので賑わっているようです。


それはともかく…




海沿いの常磐線は未だに普通なので


阿武隈急行という在来線を利用しました。


仙台駅から角田駅へ。


そこからタクシーです。




山下中学校は町の自慢のつくりで


本当に立派な施設です。


校内にはたくさんの支援物資がありました。




校長先生はとてもお元気そうでうれしかったです。


しかし体重が15キロほど減ったそうです。


その事実だけで


現場の指揮官としてどれほどの苦労をなされているかわかりました。


言葉がなかったです。




お邪魔になってはいけません。


そのまますぐにタクシーで失礼いたしました。




それにしても…


天気に恵まれたので東北の美しい緑が映えました。


こんなにも豊かな山河。


襲った惨事。


いろいろ考えることの多かった今回の講演でした。




毎年恒例の戸隠神社参拝へ行ってきた。


といっても私は人が押し寄せる奥社や中社ではなく




宝光社




で祝詞をあげていただいた。




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 鳥居をくぐり




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 狛犬さんにご挨拶




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 石段を登り




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 さらに登り




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 到着




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 別アングル




数年前、まだ私が専門学校に勤めていた頃。


当時「コミュニケーション」の講師をしていたM先生との雑談で


ある霊能者を紹介された。


ものすごい人だという。


私はM先生のことを信頼していたので


早速会いに行った。


そのときはいわゆる「前世療法」なるものを受けた。


これはまた大変面白かったのだがそれはまた別の話。




その際、その霊能者から宝光社の写真を見せられた。


パワースポットだという。


戸隠というとみなは「奥社がパワースポットだ」というが


実は宝光社こそ…ということだった。


行くなら宝光社だ、と思った。




なぜか宝光社は人気がない。


ゴールデンウィークだというのに


参拝者はチラホラ。


でもだからいいのだ。


私一人のために大きな太鼓が鳴らされ


祝詞が奏上される。


なんとも贅沢な時間なのだ。




はじめて宝光社に参拝したときのことだ。


前泊した宿坊の神主さんに


宝光社まで車で送っていただいた。


そのとき私が、


最近本(フリーター・ニートになる前に読む本)を出したことを少し話した。


するとなぜか祝詞の中に




 フリーター・ニートになる前に読む本、あまねく~




という文言が入っていた。


びっくりした。




そして下山した数日後。


私に国が予算をつけた。


文部科学省だ。


それでびっくりしてまたお礼参りに宝光社へ。


そうして毎年1回は戸隠へ登るのだ。




しかし神様にお願いはよくない。


だからつねに「心願成就」。


今日もそう。




祝詞は20分ほどで終わる。


いつもはそのまますぐに帰るが


今日は中社にも行ってみた。




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 立派だ。


そのままトンボ返り。


大変充実した1日となった。




7月には天岩戸神社へ。


宮崎キャラバンももうすぐだ!




来月、鹿児島市教育委員会からお招きいただき


市内の小・中・高の先生方に講演の機会をいただいた。


ありがとうございます。




今まで大人向け(先生、PTA対象)の講演では


マザーテレサの言葉からスタートし、


時折模擬授業をし、


最後は「メンター論」で閉めてきた。




でも今回はちょっと変えて


全編模擬授業をしてみようかな、と思った。


というのも、以前、ある県の進路主事の集まりでその内容で講演したとき




(手の内を出していない…)




というような声を聞いたから。


「手の内」とは生徒向けにどんな講演をしているか、ということ。




私は「解説をしなければ」と思い、そうした内容をしてきたのだが


その講演では先生たちは、


私が実際にどんな流れで行うのか、本当に楽しみにしていたのだという。


確かにそうかもしれない。


そこで「」全編模擬授業」。




ゴールデンウィークで時間があるので


過去の講演ビデオなど久しぶりに見た。


全国講演が始まるときに


ある先生から、




「記録をとっておくといいですよ」




とアドバイスいただき、毎回ビデオを回していたが


本当によかったと思う。


そうしたビデオを短く編集し、


模擬授業の合間に、実際の様子を流そうと思う。




ところでプレゼンテーションのコツについて


以前、ある方から質問されたときに書いたことがある。


自分ですでに忘れていたものもあり、


備忘録としてここに記したい。




___________________







1.自己紹介や前置きなど「絶対に」しない:いきなりはじめる


2.話のスタートはビデオか写真を出す


3.3択クイズを無理やりにでも作る(「起承転結」ではなく「ミステリー」)


4.クイズ解答用紙を配っておき、記入させ、手を上げてもらう


5.手を上げてくれたらほめる


6.講演の内容は話したいと思ったことの半分か1/3に縮める


7.リズムとテンポが命:「フリ→ボケ→ツッコミ」






1について。




実は生徒の方が「講演慣れ」している。


彼らは「聞くプロ」だ。

毎日お金(授業料)を払って話を聞いている。

この認識が必要。




だから講演前の状態とは実は生徒側が優勢だ。




「さあ、今日の講師はどんな奴かな…」




と構えている。




この主導権を一気にこちらに取り戻す方法が「1」になる。

いきなり本題に入ることで意表を突く。

まさか最初から本題が始まるとは思っていない。








2について。




「雇用問題」がテーマなら

それに関係するニュース番組などの映像を2,3分流すのもいい。

軽く不安を煽る。というか、




「キミたちの問題は何か、思い出してくれ!」




ということだ。


人間は往々にして自分が向き合うべき問題に気づかない。


あるいは気づいていても先延ばししたい。


気づかないフリをしていたい。


そこを揺り起こす。




また話し手としては

映像を流している間にこちらの体制を整えることができる。

話すことに慣れていないと


とにかく最初の第一声は緊張するので




「まずビデオをごらんください」




といってから一息つけるのは救いになる。

当初私はずいぶんこれで落ち着けた。








3について。




「起承転結」ではなく「ミステリー」とは何か?

ミステリーは興味関心を引っ張っていく。


答えは後回し。



順を追って解説する起承転結は大人相手はいいかもしれないが

飽きっぽい高校生は難しい。




「えっ~、それホント?」




というテーマをドンと打ち出し

その答えを3択にする。




体育館に事件を起こして

その謎解きに、生徒を指名するわけだ。








そして4。


謎解きには「モノ」が必要になる。

手元に資料を渡して手を使ってもらう。

手を使うことで脳の別の部分が動き出す。


これをしないと、


「耳」ばかり刺激することになり

脳が不活性化する。




私の講演は「目」「耳」「手」を刺激するように工夫してある。

手を使わせると発問も違ってくる。




「1番だと思う人手を上げてください」   ← クイズ解答用紙がないとき

「1番に○をつけた人手を上げてください」 ← クイズ解答用紙があるとき 




「思う人」と聞いてしまうとちょっと天邪鬼の生徒には


(おれ思わないもんね…)




と拒否する理由を与えてしまう。




しかし実際に○をつけてしまうと

手を上げねばならない理由になってしまう。


人間は素直にできている。


聞かれたことにはそのまま反応してしまうのだ。








5について。




そのお礼。

勇気を持って行動してくれたのでほめる。








6について。




しゃべる側の情熱は聞く側の情熱の100倍くらい多すぎる。


だから講演内容は削らねばならない。

むしろ少ないくらいの方がいい。


終わった後食いつきがいいようだったら

そのときに補足すればいい。








7について。




プレゼンとは「お笑い」と同じようなところがある。

漫才でいう、




「フリ→ボケ→ツッコミ」




の三段構成だ。


漫才は必ずこれで構成されているという。


ダウンタウンでいえば

まず浜ちゃんが話題を「フリ」、

それに対して松ちゃんが「ボケ」る。

そこに浜ちゃんが「ツッコミ」をいれて完成。




まず話題を「フル」から

お客は「それでどうなる?」と興味関心を起こす。

それに対して松ちゃんが「ボケ」て笑いをとるが

すぐさま浜ちゃんがどついて「ツッコミ」、

そのお客の笑いを確定させる。


話のうまい人は一人でこれをする。




私が今最も注目している人は青山繁晴さん。

ユーチューブ等で探してください。




私にとって最高の先生です!

次の画面が出る前に必ず「フリ」があり

その画面をバンとだして「ボケ」、

その画面を読み上げ、解説することが「ツッコミ」になっています。

つねに次へ次へと見るものをいざないます。

謎解きのようなプレゼン。

私はこれを目指しています。




テレビ型プレゼン。


こうしないと、もう聞いてくれません。






asahi.comに


こういったときだからこそ読んでおきたい本、みたいな記事が出ていた。


その中の一冊に




『それでも人生にYESと言う』




があった。




フランクルは『夜と霧』で有名だ。


自身、ナチスの強制収容所の生き残りとして


「どん底にある楽観性」について書いた心理学者だ。




「もう人生には何も期待できない」




と悩む人に対してフランクルは言う。




それでは質問が逆なのです。


私たちが人生に問うのではなく、問われているのは私たちなのです。


私たちは問われている存在なのです。




集団として考えるのではなく


個人として考えたい。




なおも原発推進を謳うものもいれば


反原発ソングをYoutubeにアップするシンガーソングライターもいる。


日本を逃げ出す人もいれば


じっと耐え続ける人もいる。


その人の「置かれた」立場によって


考えは変わる。




大切なのは「置かれた」というところ。


それぞれに課題が残されている。




ではいったい今


「私」は何をすべきなのか?


何が私に問われているのか?


この「人生」というものから?




その上でフランクルは言う。




「それでも人生にYESと言おう!」










しかり。




日本教育新聞
(毎週月曜日発行)の「高校面」にて


本日より私の連載が始まりました。


タイトルは、




「鳥居徹也のキャリア相談室」





となっています。




1回500字くらいの短いものですが


私が全国講演を行いながら感じてきたことなどまとめています。


半年間くらいは続くようです。


新聞を取っている方はぜひお読みください。








あけましておめでとうございます。







今年もよろしくお願い申し上げます。















昨年は「食育」についての本を書きました。







私が経営する園の南部愛子園長にインタビューした内容をまとめました。







今年は「遊びの教育効果」について書きます。







タイトル的に考えているのは















 「なぜ遊びの教育効果は伝わらないのか?」















のようなものを考えています。







年内には出版できればと考えています。















また講演活動も引き続き行います。







(本業に支障のない範囲になりますが)







目玉はなんといっても、宮崎県で行っている「キャリアアップキャラバン」。







6月に1週間くらいかけて参ります。







一気に9校!







途中、天岩戸神社にも参拝します。







講演で多くの生徒さんと接することはもちろん、







宮崎県にはすばらしい先生方がたくさんいらっしゃいます。







そうした先生方との交流できることが







私の大きな楽しみとなっています。







そうした活動があと2年間継続する幸せを思います。







ありがとうございます。















お正月には時間があるので







何か本を、と探しましたがどれもいまいちピンときません。







再び「坂の上の雲」を再読しようか、などと考えながら







そんな中で、やっぱりドラッカーかなと







『断絶の時代』を再読。















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5年前に始めた速読の影響でしょうか、







本は早く処理するもの、という価値観に私自身染まり切ってしまいました。







しかし最近疑問を感じ始めました。















確かにビジネスにおいて速読は大切です。







特に「本を書く」という作業においてはたくさんの情報処理が求められます。







私が専門外だった「幼児教育」の本が書けたのも速読のおかげです。







短期間で多くの本を「処理」してきました。















しかし、速読とは精読すべき本を探すためにある技術であると







今の私には理解できます。







本は開かない限りその内容はわかりません。







多くの本のページを開く速読という技術のおかげで







「本当に精読すべき一冊」に出会えるわけです。















そんなときにドラッカーは最適な本です。







ドラッカーはつねに考えることを要求します。








読み飛ばすことができない本です。
















大ベストセラーとなった「もしドラ」のおかげで







ドラッカーの『マネジメント』が再び脚光を浴びていますが







ドラッカー自身がいうように







自分は経営学者ではなく社会生態学者であると。







すなわち、「世の中の仕組みウォッチャー」なのですね。







そのために経済、すなわち会社の仕組みの研究は都合がよかったのだと。







『断絶の時代』はそんな本です。















この本は1969年に書かれたのに未だに新鮮です。







そしてドラッカー自身が新判の序文に書いているように







その30年後の1999年に出版された続編『明日を支配するもの』を併読することで







21世紀に私たちは何をすべきか、がわかります。















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35歳のときに読んだこの本が







ビジネスマンとしての私にどれほどの影響を与えたか計り知れません。







35というと、仕事上で何かと悩む時期です。







社会人になって10年以上経ち、そこそこ経験も積めた。







その余力でやっていくこともできる。







しかし何かが足りない。







そんな「もうひとつ違うステージ」に向かいたいとき、







この本は最高のメンターになると私は確信します。















ところで、前渇した『断絶の時代』には







「教育」について触れた章があります。







教育はどうあるべきか。







教師はどうあるべきか。







この本、教育者も必読なのです。







そう、ドラッカーは死ぬまで教育者だったのですから。















「教える」ことと「学ぶこと」の違い。







最後に残った非生産的な分野、それが「教育」。







非生産的な職業、それが「教師」。







「教える」ことばかりに焦点があたり、







肝心の「学ぶこと」はどうか?







そこに大いなるヒントが与えられます。























追伸:







今回『断絶の時代』を読んで(というかまだ精読中)特に印象に残ったこと。















産業革命 → 電気=肉体労働のためのエネルギーを効率化した

                                  ↑ 「訓練」の領域








IT革命   → 情報=頭脳労働のためのエネルギーを効率化する(だろう)

                                  ↑ 「教育」の領域
















20世紀、「訓練」は充分効率化した。







しかし「教育」は未だ効率的でない。







「教えること」と「学ぶこと」。







「学ぶこと」が効率化するとき、それは…















それは結局







「内発的に動機付けられた教育」とは何か、であり







「本当の意欲」を育むこととは何かの議論が必要ということであろう。



私の趣味というか、特技というか
プロモーションビデオ作成。
BGMを選ぶ瞬間が最高に楽しい。



私の頭をとんがらせてくれるのは
池袋の美容室の彼。

ビデオ編集は、実は文章を書くのに似ている。
長時間のインタビューを再構成して
削って削って削りまくって作る。
1日カメラを回して
完成したPVはたったの2分。

ビデオを撮る人は増えたが
編集となるとなかなか難しいようだ。
なぜならば、問題は「絵」ではなく「音」だからだ。

BGMの選択。
コメントの選択、並べ替え、そのタイミング。
慣れればこれほど楽しいものはない。


私はビデオ編集が得意なので


結婚式のビデオも数本編集している。


自分で言うのもなんだが


結構な出来映えである。


業者が作るようなステレオタイプのものは作らない。


あれではつまらない。


とっておきの曲を使って5分くらいにまとめるのだが


できるだけ現場の音を大切にしている。





その結婚式では


ウクレレのうまい方がいて


プレスリーの「好きにならずにはいられない」を弾いた。


とっさに、演奏前にマイクを仕込み


クライマックスに向かう場面で使わせてもらった。


思い出深いビデオだ。





その5年後の今日。


二人の門出を祝い集まった方々が


再び顔を合わせた。


今度は二人の別れのためだった。


重い病気だった。





この5年間に二人は永遠を生きた。


そんなことを思いながら


かつて作ったビデオを見直してみたりする。

今日は悲しい日になった。



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ついに買った、エプソンEB-1720


輝度はなんと、3000lmだ!


これならば日差しの強い南国の体育館でもタフに講演できるだろう。




そう、私の仕事場は体育館なので


明るさと音響には注意している。


これは私のようなPowerPointに依存するプレゼンターの宿命である。


マイク1本では…なかなか全国を回る度胸がない。




学校によってはものすごく古い音響設備のところがある。


昔はかなり神経質になっていた。


マイクの音質に一喜一憂したり。


まだマイクを通したしゃべりに慣れていなかった頃の話だ。


今は音質が悪いなら悪いなりに


声を空気の塊にしてぶつけるように


(あるいは声を引くように)


しゃべることができる。


声を切るようにしゃべる。


そうしたことに慣れてきたので


今は音響は気にならない。




問題は体育館の明るさである。


真っ暗にすれば問題はないが


それでは生徒の顔が見えない。


理想的には


生徒さんの顔を逐一見ながら


かつスクリーンが鮮明な状態だ。




全国を回り始めた当初は


先方の学校にプロジェクターを用意してもらっていた。


5年前だと


学校によってはものすごく暗い輝度のプロジェクターしかないこともあった。


一度、画面があまりに暗すぎ、かつ


明るさ調整がうまくできない体育館で講演したことがあり


生徒さんの集中力が途中で切れてしまったことがあった。


それ以来


プロジェクターは自前で用意しようと決めた。


それがこれだ。




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5年間稼動した、エプソンEMP-750


輝度は2000lm


これはこれで大活躍した。


講演中にトラぶったことは一度もない。


(ランプの寿命は3000時間あるし…)




講演が盛り上がり


生徒さんが熱狂している最中、ふと思う。




 (もしここで電球が切れたらどうなるだろう…)




一瞬、ぞっとするわけだ。


その場の空気をどうするか?


幸い、今まで一度もなかったのでよかったが…。




EMP-750は最後まで元気に稼動してくれたが(最もまだまだ現役だが)


難をいえば


沖縄のような強い日差しには負けた。


体育館のカーテンが薄い素材だったりするともういけない。


スクリーンに映写される画面が薄ぼんやりする。


それでいて聴衆は1000名近い。




こういうときは大きさを犠牲にした。


プロジェクターをできるだけスクリーンに近づける。


映写される画面は小さくなるが


明るさは上がる。


この方が集中力は保てるのだ。




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しかし新旧プロジェクターの交代により


そうした心配も無用だろう。


南国での講演にも十分対応できる。




おそらくは一期一会の講演になる。


そのたった60分(あるいは80分)を最高の時間にしたい。


だから機材は最高のモノを。


あさっての四街道高校(千葉県)から


EB1720はデビューだ!




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