あけましておめでとうございます。







今年もよろしくお願い申し上げます。















昨年は「食育」についての本を書きました。







私が経営する園の南部愛子園長にインタビューした内容をまとめました。







今年は「遊びの教育効果」について書きます。







タイトル的に考えているのは















 「なぜ遊びの教育効果は伝わらないのか?」















のようなものを考えています。







年内には出版できればと考えています。















また講演活動も引き続き行います。







(本業に支障のない範囲になりますが)







目玉はなんといっても、宮崎県で行っている「キャリアアップキャラバン」。







6月に1週間くらいかけて参ります。







一気に9校!







途中、天岩戸神社にも参拝します。







講演で多くの生徒さんと接することはもちろん、







宮崎県にはすばらしい先生方がたくさんいらっしゃいます。







そうした先生方との交流できることが







私の大きな楽しみとなっています。







そうした活動があと2年間継続する幸せを思います。







ありがとうございます。















お正月には時間があるので







何か本を、と探しましたがどれもいまいちピンときません。







再び「坂の上の雲」を再読しようか、などと考えながら







そんな中で、やっぱりドラッカーかなと







『断絶の時代』を再読。















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5年前に始めた速読の影響でしょうか、







本は早く処理するもの、という価値観に私自身染まり切ってしまいました。







しかし最近疑問を感じ始めました。















確かにビジネスにおいて速読は大切です。







特に「本を書く」という作業においてはたくさんの情報処理が求められます。







私が専門外だった「幼児教育」の本が書けたのも速読のおかげです。







短期間で多くの本を「処理」してきました。















しかし、速読とは精読すべき本を探すためにある技術であると







今の私には理解できます。







本は開かない限りその内容はわかりません。







多くの本のページを開く速読という技術のおかげで







「本当に精読すべき一冊」に出会えるわけです。















そんなときにドラッカーは最適な本です。







ドラッカーはつねに考えることを要求します。








読み飛ばすことができない本です。
















大ベストセラーとなった「もしドラ」のおかげで







ドラッカーの『マネジメント』が再び脚光を浴びていますが







ドラッカー自身がいうように







自分は経営学者ではなく社会生態学者であると。







すなわち、「世の中の仕組みウォッチャー」なのですね。







そのために経済、すなわち会社の仕組みの研究は都合がよかったのだと。







『断絶の時代』はそんな本です。















この本は1969年に書かれたのに未だに新鮮です。







そしてドラッカー自身が新判の序文に書いているように







その30年後の1999年に出版された続編『明日を支配するもの』を併読することで







21世紀に私たちは何をすべきか、がわかります。















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35歳のときに読んだこの本が







ビジネスマンとしての私にどれほどの影響を与えたか計り知れません。







35というと、仕事上で何かと悩む時期です。







社会人になって10年以上経ち、そこそこ経験も積めた。







その余力でやっていくこともできる。







しかし何かが足りない。







そんな「もうひとつ違うステージ」に向かいたいとき、







この本は最高のメンターになると私は確信します。















ところで、前渇した『断絶の時代』には







「教育」について触れた章があります。







教育はどうあるべきか。







教師はどうあるべきか。







この本、教育者も必読なのです。







そう、ドラッカーは死ぬまで教育者だったのですから。















「教える」ことと「学ぶこと」の違い。







最後に残った非生産的な分野、それが「教育」。







非生産的な職業、それが「教師」。







「教える」ことばかりに焦点があたり、







肝心の「学ぶこと」はどうか?







そこに大いなるヒントが与えられます。























追伸:







今回『断絶の時代』を読んで(というかまだ精読中)特に印象に残ったこと。















産業革命 → 電気=肉体労働のためのエネルギーを効率化した

                                  ↑ 「訓練」の領域








IT革命   → 情報=頭脳労働のためのエネルギーを効率化する(だろう)

                                  ↑ 「教育」の領域
















20世紀、「訓練」は充分効率化した。







しかし「教育」は未だ効率的でない。







「教えること」と「学ぶこと」。







「学ぶこと」が効率化するとき、それは…















それは結局







「内発的に動機付けられた教育」とは何か、であり







「本当の意欲」を育むこととは何かの議論が必要ということであろう。